プロジェクト完成の喜びを分かち合う ― カンボジアにおける円借款プロジェクトの成功のための一側面
2012/12/7 by シニアコンサルタント 安藝 洋一
 
 日本の政府開発援助(Official Development Assistance, ODA)活動の中で重要な位置を占める円借款(有償資金協力)は、これまでほぼ半世紀にわたりインフラ整備を中心に多くの途上国の発展に寄与してきました。平成23年度末における円借款の供与対象国は累計で105か国に達していますが、金額的にはアジア諸国向けが大きい比率を占めています。平成23年度も同様の傾向が見られ、円借款業務を担当する独立行政法人国際協力機構(JICA)が承諾した9,490億円の地域的配分を見ると約8割がアジア諸国に向けられており、ベトナム、インド、フィリピン、バングラデシュ、スリランカが上位ベスト5になっています。

 筆者は2011年8月から約1年間、JICA専門家としてカンボジア政府経済財務省に勤務し、アドバイザーという立場で(担当範囲は公共投資政策と援助管理)円借款プロジェクトの円滑な実施促進についても支援を行いました。カンボジアは数多の円借款借入国の中でも古い歴史があり、1969年10月に同国政府と当時の海外経済協力基金(The Overseas Economic Cooperation Fund, OECF, 現在のJICAの前身)との間でダム建設を目的とする最初の借款契約が結ばれています。因みに、これより前に円借款契約が結ばれたのは韓国、台湾、インドネシア、マレーシアのみなので、カンボジアは105か国の中で5番目に古いお付合いのある国ということになります。ただ、カンボジアに次いで円借款供与が始まったタイを含め、多くのアジア諸国が円借款や他の資金ソースをうまく活用して経済発展に成功したのに対し、カンボジアの場合は1970年以降クーデター、内戦が続き、政治社会の安定は1991年のパリ和平協定まで待たねばならないという固有の事情がありました。このような状況を背景に、わが国の円借款供与が再開されたのは1999年になってからでした。 また、この年にカンボジアは東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟し、現在の ASEAN 10か国体制が完成しました。

 カンボジアに対する円借款供与が再開されてから現在に至るまで11件の借款契約が結ばれていますが、そのうち1件は政策・制度改革型と呼ばれるものであるため、具体的なプロジェクトを対象としたものは10件ということになります(港湾開発、通信、電力、特別経済区、上水道、灌漑)。 13年余りの期間で10件ですから決して多い数字ではありません。ということは、カンボジアは円借款プロジェクトの準備、実施、監理等の経験が比較的少なく、不慣れであるということが言えます。

 このような事情を背景に、筆者はプノンペン在任中に行った6回のワークショップのほとんどを円借款プロジェクトの準備、実施に直結するテーマに充てました。実践的な内容が中心でしたが、他の国がどのような政策に基づき、またどのような体制で円借款を受入れ、活用してきたかを学習することはカンボジアにとっても参考になると考えられたことから、長く豊富な経験を有するインドネシア政府の高官に来てもらい、その経験を伝えてもらうと共に、カンボジア政府関係者との間で非常に実のある議論を行う場を提供することができました。

 これらのワークショップを実施する際は、筆者と経済財務省担当官が協議して日取り、内容等の大枠を固め、同省大臣の決裁を得て関係各省、機関に連絡してそれぞれからスタッフを派遣してもらうという手順を踏みました。対象としたのはすでに円借款を受入れている省、政府機関に加え、今後円借款を受ける可能性のある省、機関にも来てもらい、将来、円借款プロジェクトの円滑な実施が可能となるよう心がけました。通常、ワークショップの参加者は30人前後でしたが、上述のインドネシアの経験をテーマとしたときは60人位の規模となり、関心の強さが感じられました。

 円借款以外の問題をテーマとするワークショップとしては、国の予算の中で、資本予算と経常予算のリンケージをどのように強化すべきかというものがありました(2012年3月開催)。一般的に言って新規プロジェクトの費用は資本予算から支出され、完成後のプロジェクトの維持管理費用は経常予算から支出されますが、限られた予算の中で、どちらかと言えば新規プロジェクトに関心が向き、完成したプロジェクトの維持管理費用は軽視されがちという傾向が見られます。国内予算あるいは外国援助で折角建設されたインフラプロジェクトの維持管理費用が十分でないためにそのプロジェクトの効果が十分発揮されないのは大きな損失です。そのような状況を背景に、カンボジア政府は各プロジェクトの3年にわたる資本コストと経常コストをカバーする Budget Strategic Plan の活用促進を図る等の対策を講じようとしています。このワークショップにおいては、問題のもう一つの側面、維持管理費用の削減策につき、日本でも最近検討されるようになった「予防保全」(Preventive Maintenance)の考え方を紹介しました。これは、従来構築物の劣化がある程度進んでからまとめて修繕を行うという方式をとっていたのに対し、日常の点検を強化して、例えば道路・橋梁等の場合は細かいクラックや鋼材の錆をこまめに手入れしていこうというやり方です。この手法を使うことにより、プロジェクトのライフ・サイクル・コストが削減され、プロジェクト・ライフの延長も可能となることが期待されます。

 適切な維持管理(維持管理予算の確保)はプロジェクトの効果発現のためだけでなく、事故防止の観点からも重要です。2006年にカナダでプレストレストコンクリート橋の崩落事故、2007年には米国ミネソタ州で鋼トラスト橋崩落事故があり、わが国でもつい最近(2012年12月2日)中央自動車道笹子トンネルで天井板の崩落事故がありました。事故の原因はまだ特定されていないとのことですが、適切な維持管理の重要性を強く認識させられる契機になったと思います。大量の老朽化したインフラを抱える日本と、これから本格的なインフラ整備を行おうとしているカンボジアとではその環境に大きな違いがありますが、インフラプロジェクトの維持管理の重要性、維持管理費用の削減については共通の問題として捉えることができるという認識の下に上記ワークショップで取上げました。

 円借款プロジェクトの準備から完成までは、多くの関係者の協力を必要とする長い道のりです。プロジェクトを立案する現場官庁・政府機関、国内調整と対外交渉を行う取りまとめ官庁、JICA現地事務所、日本大使館、JICA本部各担当部署、日本政府関係各省、コンサルタント、コントラクター、日本の銀行などが、それぞれの役割を担って参画しています。政策のすり合わせ、様々な手続きの実施を経て完成に向かうわけですが、長いプロセスを乗り越えてプロジェクトの完成に立ち会うことは、関係者に大きな喜びをもたらすはずです。そのプロセスにおいて困難な問題があればあるほどその喜びは大きいものになると思います。その喜びが次のプロジェクト、更には次の段階の飛躍への原動力となり、関係する機関、スタッフの経験が蓄積され、能力も向上するという好循環が期待されます。
カンボジアの場合、対象プロジェクトの数がまだ少ないことから、完成したプロジェクトは数件しかなく、喜びを分かち合う経験も少ないのですが、今後順次実施中の事業が完成し、新しいプロジェクトも加わって上記のような好循環が動き出し、その発展に更に弾みがつくことが期待されます。


     

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